Fahrenheit -華氏- Ⅱ
店の入り口にはギリシャ神話の巨人、アトラスに支えられた大時計が設置されている。
ムーンリバーを口ずさみながら、右手を握ったり、開いたり。
最後に啓が手を握ってくれた感触を思い出すように。
8(日本では16)号かな…ううん、もっと細い…7.5(15)号…ぐらい??
入り口の両脇ではためくアメリカ合衆国の国旗を横目に、あたしはティファニーへ足を踏み入れた。
その後は久しく会っていなかった友達に会ったり、ふらりとセントラルパークへ脚を運んだり。
広大なこの公園で、犬を散歩に連れ歩いている人が多い。
大きなシベリアンハスキーを見て、あたしは思わず微笑んだ。
左右で違う綺麗な瞳。歩くさまは威風堂々としているのに、飼い主になでられるたび人懐っこそうに飼い主に擦り寄っている。
啓みたい。可愛い。
そんな風に見ていると、飼い主の若い女の子…(たぶん高校生ぐらい)が
「Do you pat it?(撫でる?)」と、ペットと同じように人懐っこい笑顔で聞いてきた。
「Yeah. Can I?(いいの?)」と聞くと、
「Sure!(もちろん)」と明るい答えが返ってきた。
あたしがそのすべすべした頭部をそっと撫でると、犬は気持ち良さそうに目を閉じる。
近くに同じように散歩に来ていたカップルの男性の方が、
「It is a lovely dog.(可愛い犬だね)」 とジベリアンハスキーを撫でようとすると、彼?(彼女かもしれないけど、たぶん♂ね)はガルルっと歯をむき出して威嚇した。
女の子が好きなのね。
こんなところも…啓そっくり。
あたしは笑顔で飼い主の女の子を見ると、
海の向こうにいる啓を頭の中で思い描いた。