Fahrenheit -華氏- Ⅱ


あたしは中国語がさっぱりだ。


だから意味なんてさっぱり分からなかったけれど、北京語の下に英語で説明書きが添えてあった。


それを読むと、そのリゾート地が広大な土地と、美しい大自然、そして世界のセレブたちを煽る、過剰とも言える誘い文句がつらつらと書かれている。


あたしは少しだけ眉を寄せて心音を見下ろした。


「中国だけはだめよ。危険過ぎる」


「何故?中国は土地が広いし、高度成長期の国じゃない。こっちの方がよっぽど危険よ。あいつの土地勘がないところがいいに決まってるじゃない」







「それはもっともだと思うわ。だけど、マックスより先に―――




啓が勘付く」







あたしの意見に心音はちょっとだけ眉をひそめた。


「気付きはしないわよ。あたしが作ったのよ。完璧だわ。世界有数の大企業のお坊ちゃまでしょ?そんな甘ちゃんに、あたしの仕事が見破られるわけない」


心音ははっきりと、言い切った。


その黒い瞳は自信がみなぎっていて揺るぎがなかった。


「あの人をただの金持の子息だと思ったら大間違いよ。危険だわ。やり直して」


あたしはそのパンフレットを封筒にしまうと、乱暴とも言える仕草で心音に突き返した。


心音は心外そうに眉をしかめ、それでも封筒は受け取る。


「随分信頼してるのね。あんたがそう言うなんて思わなかった」


心音は挑発するように唇の端を吊り上げると、少しだけ皮肉げに笑った。


「信頼とかそういう問題じゃない。慎重になってるだけよ。失敗は許されないの」


あたしは心音の憎らしいほど整った笑顔に、真顔で返した。




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