Fahrenheit -華氏- Ⅱ
心音は軽く吐息をつくと、肩をすくめた。
「これが気に入らないのなら、あたしは降りるわ」
そう言い置くと、バサっと乱暴に封筒をテーブルに投げ捨てる。
「心音……」
心音はゆっくり立ち上がると、あたしの前に立ちはだかった。そして腰をかがめると、あたしの鼻の頭に指を置く。
「考えてみてよ。これはあたしのプライドを賭けた仕事でもあるの。だけどあんたは客じゃない。
ビジネスパートナーよ。
あたしの仕事が認められないのなら、あたしたち組んでる意味なんてないわ」
心音の言うことはもっともだ。
もともと心音にとってファーレンハイトはただの道楽にしか過ぎない。
あたしと違って強い思い入れがあるわけじゃないだろうし、こだわる理由もない。
心音がここまでしてくれてるのは―――
彼女は“ビジネスパートナー”と言ったけれど、本当はこう言いたかったんじゃないかしら。
“友達だから”
あたしは目を伏せると、心の指を軽く払った。
「やめるの?」心音が挑発的に笑う。
「やめない。進めて」
あたしは俯いたまま答えた。