Fahrenheit -華氏- Ⅱ
「だけど啓にバレたら終わりよ。こんな危険な綱渡り彼がする筈がない」
あたしは念を押すように、心音を少しだけ睨んだ。
心音は肩を竦めて軽い調子で笑った。
「バレないって」
「彼を舐めてかかったら痛い目に遭うわよ。
彼には慧眼(ケイガン:物事の本質を見抜く鋭い観察力、眼)があるの。
それに中国は彼のテリトリーでもあるわ」
「慧眼―――ねぇ…あんた難しい言葉知ってるじゃない」
心音は少しだけ挑発的に笑った。
あたしはその笑いを無視するように顔を背けた。
心音は知らない―――
啓が決してバカで道楽好きで我がままなジュニアでないことを。
そしてあたしが、どれだけ彼のことを好きなのかを―――
「何を心配してるのか知らないけど、あたしを信じてよ」
心音の言葉に、あたしは無理やり笑ってみせた。
「暗い話は止め。ね、賭けましょうよ。メールを送ってそろそろ15分よ。残り15分でケイトから電話が来るかどうか」
心音は相変わらず、何を考えているのか分からない。
さっきまでの少し喧嘩腰だった勢いをすっかりしまい込み、にこにこ笑ってあたしを覗き込んできた。