水色の風
「綺麗な指……」
そう言って俺の手を離さない。
「この指で。あんなに痛々しい音なのに。こんな綺麗な指で……」
しまいには俺の手を自分の頬にそっとあて、ゆっくりと口付ける。
イカレてる、この女。
「……何やってんだよ……」
俺は奥歯を食いしばってその官能的な痺れに耐えていた。
いつの間にか、また彼女は泣いていた。
俺の、ギターを弾くためだけの手に雫を落として、
濡れた瞳で、ぽっかりとした深い瞳で、俺を見上げている。
その瞬間に、彼女が愛おしそうにしている俺の手を強引に振り払った。
その代わりに、半開きにされた彼女の唇に俺の唇を押し付けて、床に押し倒した。
俺に、抱かれたいんだと思った。
ならばそうしてやる。
この女が悪い。
妙に残酷な気分で手を進めようとし、唇を離す。
吐息と共に漏れる呟き。
「―――あぁ……これで、やっと……眠れる……」
自分の体重を彼女にかけて身動きを封じておいて、俺は完全にフリーズした。
なんだって言うんだ。
何しにきたんだ、この女。
「……お前……一体、なんなわけ……。頭おかしいよ……」
「好きにしていいの。
あたし、眠れないから……一秒だって、ひとりじゃちゃんと眠れないから…・・・
だから……」
「なんで俺なの」
「……だって……ケイくん……ケイくんも……そうなんだと、思ったの、あたし……」
教えていないはずの俺の名前を彼女は口にした。
そうなんでしょう、と問いかけるその空虚な瞳に、真っ逆さまに落ちていく。
堕ちていく。
望んでいたのかもしれない。
いとも簡単に、底のない穴に――――……。
俺は少し震える自分を押さえつけて、もう一度唇を重ねた。
そして、それ以上、何もしなかった。
俺たちは、同じベッドで、ただ抱き合って泥のように眠った。
目覚めた時の嘘のような体の軽さと、
窓の外を眺めていた咲恵の絶望しか映さない瞳をよく覚えている。
俺たちは、ひとりでは、本当に、眠れない。