ささやかではありますが
「だって、ここ来る途中に降ってきたんだもん」
「昨日から天気予報で『夕方から雨』って言ってましたけど」
「ぎりぎり大丈夫かと思ったんだよ」
「じゃあ、途中でコンビニかなんかで傘買いなよ」
「そういうの、なんか癪に障るじゃん」
拓也はTシャツを玄関で脱ぎ、ぎゅーっと玄関の外でそれを絞った。
襟足からつうっと、その逞しく骨張った背中や腕を雨が伝う。
その頭に、あたしはバスタオルを被せた。
「おお、サンキュー」
ばさばさと髪を吹く拓也。
はた、と、ジーンズまでぐっしょり濡れていることに二人して改めて気付き、目が合う。
「…そこでジーンズも脱いでね?」
「…ですよね…」
パンツ一枚になった拓也を部屋にあげてあげる。
滴るほど濡れたTシャツは乾燥機へ、ジーンズは部屋の隅にかけて。
濡れた拓也を部屋にあげたことで、部屋の湿度が上がった気がする。
前に拓也が泊まりに来た時に拓也が置いていったパーカーがあったので、それを出してあげた。
生憎、履き物の着替えはない。
「今、お茶いれてあげる」
「わりーな」
あたしは立ち上がって、キッチンに向かった。
急な拓也の来訪に、どきどきと嬉しさが込み上げてくる。
拓也の仕事柄、会えることが不定期で、次に会えるのはいつになるか分からないような関係。
けれどあたしは、一度たりとて我が儘を言わなかった。言えなかった。
本当はもっと会いたいと思うけど、人前ではいつも明るい拓也がたまに見せる疲れた顔を見ちゃうと…ね。
もっとも、そんな表情を見せるのはあたしだけなんだと思うと、それはそれで嬉しかったり。