ささやかではありますが
お湯を沸かしながら、あたしは背中で拓也に話し掛ける。


「出張、早く帰ってこれたの?」

「んー、でも予定通りっちゃあ予定通り」

「じゃあ、他の仕事がなくなったとか?」

「いや、今日は元々こんなスケジュール。昼過ぎには東京戻って来られたから、一旦着替えてきたわ」


……あれ?
それなら、前もってウチに来ること言えそうじゃない?
というか、拓也なら来る前にその旨を電話かメールで教えてくれても良さそうなのに。
湯気が立ち上りはじめたやかんの口を見つめながら、そんな疑問がぐるぐる回る。
深く言及するほどのことじゃないから、口に出して拓也に聞かないけど。
そして、それ以上は考えないことにする。


「ほんとは、もっと早くから咲希のとこに行くつもりでさ」


背後で拓也の声がすると同時に、微かに煙草の匂いがした。
振り向かないように、ちらりと拓也の方に目をやると、拓也は煙草を燻らし、殆ど音を消したテレビを見つめてる。


「たまにはこう、なんつーか、アポ無しで咲希んち行って咲希をびっくりさせてみたくてさ」
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