ささやかではありますが
あたしは何にも言えなかった。
拓也は、それがどれだけあたしを喜ばせたか…分かってやったのだろうか。
いや…単純明快な拓也のことだから、きっとそんなの微塵も考えてなくて、衝動だけでここまで来たんだろう。
衝動…そうだ、衝動。
でなきゃ、こんな大雨の中、傘もささずに出歩かない。
あたしは拓也から視線をずらして、急須に茶葉を入れた。


「晩御飯、食べてくでしょ」

「うん。今日は何作んの?」

「冷蔵庫にあるもので、適当に。こんな大雨の中、外なんか出らんないし」

「そっか。まあ咲希の作るもんは何でも旨いからな!」


拓也の言葉に、なんだか泣きそうになった。
雨の日はなんだかセンチメンタルになるなぁ、なんて思って自嘲しながら、あたしは急須にお湯を注ぐ。
天気予報が当たれば、雨は明日の明け方まで止まない。
それ以前に、乾燥機に放り込んだTシャツはすぐに乾くとしても、乾燥機にかけられないジーンズはそう簡単には乾きそうにない。
つまり、ジーンズが乾くまでは、拓也はここにいる。


そして更に都合のいいことに、冷蔵庫の中には、あたしと拓也の二人分のビールが待機している。




END.
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