シフォンケーキ
ぎしっと俺の心臓が軋音を上げた。
綾人はクスクス笑ってリビングを出てゆく。
睨んでいたはずなのに、向けられた背中を追う安藤の目は取り縋るものに変わっている。
いつの間にか握っていた拳が力を入れすぎてジンッと痺れた。
何だよこれ・・・・・なんだって俺はこんなにイラついてんだ。
綾人を見送った安藤が、早々と片付けの続きに取り掛かっていた俺の横にそろそろと近づいてくる。
「えっと・・・今日は本当にありがとう。あ、梓クンってホントに料理が上手なんだね。夕食もスゴク美味しくて驚いちゃった。」
無理矢理に場を和ませようとする安藤の努力に泡を流す水の音だけが無情に応える。
「・・・・梓・・・クン?」
応えない俺を不安そうな安藤の顔が伺う。
イラつく。
「アイツに何言われたか知らないけど、アイツの戯言なんかを真に受けて一々浮かれんなよ。」
綾人は可愛いとかサイコーとか、紛らわしい嬉しがらせを簡単に言う。
その言葉を偽りと一蹴はできないけど、
「・・・好き、とかじゃないから。」
狡くて正直な綾人は戯言でも好きとは言わない。
だから嬉しがらせを好きだと勘違いする方が、愚かなのだ。