君がいるということ。


 臣独自の、自分がわかりやすいように書いているのか、コードと、リズムを示すような“1と2と3と4と……”と言う文字が、印刷された楽譜の周囲を取り囲んで暴れていた。

 重なっている出入り口の片側がくり貫いてある部分に指を当て、そっと開く。

 ファイルに入れられて一見綺麗に見えたそれは、小さな折り目が棚田のように重なっており、意外にもくたびれていた。

 広げてみると、一つの楽曲ごとにセロハンテープで数枚がとめてあり、あらゆる部分に臨時記号が書き足されている。歌詞が見えないほどに。

 それは、1キロにも満たない、ただの紙切れだった。確かにただの紙切れだったのだが詩花には重すぎた。

 詩花は指先に神経を行き渡らせながら、ファイルにしまい、それをもう一度見た。

 数えなかったが、この中には臣が言っていたとおり、詩花の五曲の厳選された歌が入っているのだろう。

 裏返すと、一番上にある楽譜の題名が目に留まった。

 なぜ、この曲を……。

 太陽に照らされたそれは、中に隠れているどの楽譜よりも光を当たっているはずなのに、詩花の目には一番影って見えた。


< 107 / 114 >

この作品をシェア

pagetop