君がいるということ。
前奏がこんなに長いのか、しばらくの間、臣は詩花を見つめ、同じ三小節を繰り返していた。
詩花がそんな臣の演奏に首を傾げ、手元に視線を落とすと、臣がいきなり演奏をやめた。
オーケストラの指揮者が手を握るのと同時に音が止まったように、静かな会場は誰も微動だにせず、喋り声も聞こえない。
「え?」
詩花が呆気に取られて臣に目を移すと、臣は悪戯っ子のように笑い、「まだこの三小節しかできてねーの」と詩花に顔を近づけた。
「は?」
「今のは新曲。古いのでいいなら他にもありますけど? ご注文御座いますか?」
「おめーの曲なんて知らねーし!」
詩花がやっとからかわれたことに気づき、調子を取り戻すと、辺りはすっかり人口の光だけになっていた。
向こうに小さく黄色い雲が見える。
まるで天界と人間界を隔てるようなその雲は、横に広がろうとしているかのように光を反射し続ける。
しかしその光はここまでは届かない。
「俺、この時間の空が一番好き」
いつの間にか詩花の座っているイスに手をかけ立っている臣が呟いた。
「一日が、こん中に全部詰まってる気がする」