君がいるということ。
臣は口の端を少し上げ、詩花から目を離し、足下に置いてあるギターケースのチャックを開け始めた。
「詩花に頼みがあんだけど」
下を向いていたことにより、くぐもったその声は、詩花が掴み取るまでに少し時間がかかった。
黒板の真っ白のチョークが少しずつ転がる。いくら転がっても一向に無くならない何万分の一をいとも簡単に消してしまう黒板消しのように、詩花の頭も臣の言葉でまっさらになっていた。
「頼み?」
サッカー部の向こうのテニス部に行きかかった目が、振り出しに戻る。
「聞くだけ聞いてくんない?」
「何?」
臣は予想以上の詩花の食いつきに、期待を大いに持ってギターを構えた。
それを見て、詩花は昨日と全く同じ光景がデ・ジャヴのように鮮明に目の前の光景と重なり、ギターの音色を待った。
しかし臣は一向にピックを持とうとしない。
「さっさと弾けよ。聞いてやっから」
期待はずれの臣の行動に、詩花は苛立ちを見せ始める。
臣はその勘違いを楽しそうに聞きながら、詩花の机に開いたまま置きっぱなしのノートを指差した。