君がいるということ。
「詩花。そんな怒るなよ」
詩花は無視し続けていたが、大きな力に遮られ、不本意に振り向いた。
「はなせよ」
臣の大きな手が、詩花の手首を簡単に一周している。
「ほっせーな。やっぱ女の子か」
「んだよ。イヤミ言うために呼び止めたのか?」
「なんでそんなにツンケンしてんだよ」
詩花は一瞬顔をしかめた。
臣の全てを見抜いているような目が怖かった。
まるで今まで作り上げてきた自分自身を全て、乾いた紙粘土に水をかけるように溶かしてしまいそうで。
「嫌いだから。おまえみたいな奴」
臣は一瞬息を止めた。
暗闇に輝くような詩花の目は、臣を金縛りにさせたまま、離そうとはしなかった。
「それだけ。じゃあ」
緩んだ臣の手を振り払い、詩花は光を遮り、歩き始めた。
「あっ! ちょ! 待てよ!」
手の温もりが涼しさに変わり、覚醒した。
早足で去っていく詩花を追いかけることもむなしく、気持ちの代用を投げつけた。
「楽譜持って来いよ明日! 絶対!」
聞かないつもりでいたはずの詩花は、思いがけず聞いてしまったことに狼狽しながら、足を止め、振り向いた。