君がいるということ。
今度は呼びかけられる間もなく、詩花は階段をかけあがった。
一年生のクラスは四階。長い道のりである。
何でカバンを持ってこなかったのかという後悔をよぎらせながら、足取りは少しずつ衰えていく。
陸上部でなければ、四階まで駆け上がるトレーニングをしている野球部でもない。
息切れのタイミングに合わせるように、詩花のスピードはどんどんと落ちていった。
それに伴い、少しずつ体が熱を帯びていく。
夏の名残を少し感じ始めた頃、詩花の腕を臣のものとは違う手が掴んだ。
「詩花……聞いて」
美咲が涼しそうな顔で、詩花の腕を掴んでいる。
「はやっ! ってかおめー全然疲れてねーっしょ」
「あたし、中学のとき陸部だったから」
その腕をひかれるまま、詩花は教室のならぶ廊下に繋がっている踊場につれて行かれた。
美咲は無言で詩花の手を離し、立っている。
逃げようと思えば逃げられそうなのだが、美咲の目から生まれる威圧感が、それをさせなかった。
しかし美咲の目は心なしか綻んでいた。
自分の口調や態度で判断せず、本当の自分を催促した本人が目の前にいる。