君がいるということ。


「返せよ」

 楽譜の先を掴み引っ張ったが、臣も強く握って持っているのか、思うように手元に戻ってこない。

 そのうち、「破れるよ」と言う臣の声で、詩花は手も足も出なくなってしまった。

「いーな。おめーは自由奔放で」

 悔し紛れに悪態をつく。

 しかし臣は目を爛々と輝かせ、堪えきれないように笑顔をこぼした。

「詩花。やっぱおまえすげえよ!」

 臣がどれぐらい本気でそう思っているのか。それは顔を見れば一目瞭然だった。

「え?」

「本当すげえ! 俺、絶対おまえの歌歌いたい!」

「……どーも」

 真っ直ぐな臣の目に、思わず詩花は視線をそらす。

 心の底から臣がそう思っているということは、問いただす必要もなくわかった。

 だからこそ、詩花は照れくさくて仕方ない。

「あ。詩花照れてる」

「うっせ! まじうぜえ」

「じゃ、楽譜借りてくねー」

「は!? なんで!?」

 話がテンポよく進み始めたのにあわせ、空の色もいつしか美しくほころび始めた。

 教室に指してくる光の一本一本が、糸のように細く、カーテンに縫いついていく。


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