君がいるということ。


 今日はだめだ。

 詩花は大きなため息をつき、ノートの上から机に体を預けた。

 机が無造作に並んでいるのが、よくわかる。

 ノートに暖かい息が吹きかかり、少し水を吸い込んで、紙が縮んだ。

 朦朧とした目を動かし、教室をこの体制で見える限界まで見渡す。

 好きな風景。でもいつも見ているとさすがに新鮮さが無くなる。

 詩花は一度首を起こし、逆を向いて、もう一度力を抜いた。

 自然の光と人工の光が交代する時間が、窓の外で流れていた。

 ここまで届いているのかいないのか、定かでは無い赤い光が、やけに眩しく見え、詩花は思わず目を閉じた。

 まるで赤く染められてしまったオーロラが、瞼の向こうでカーテンのように揺れている感じがした。

 心地良い見えない暖かさを感じ、詩花は目を開けずに、しかし眠りにも入らずに、その世界に浸っていた。

 遠くで聞こえる吹奏楽の演奏が、BGMように、優しく耳を通過する。

 今、どこにいて、何をしているのか。それさえも詩花は忘れかけていた。


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