君がいるということ。


 むせび泣くような、でも笑い泣きをしているような、不思議なサビだった。

 それは決して曲が影響させているのではなく、臣の声が表現しているのだと言うことは考えなくてもわかった。

 まるで臣から出た声が手となり、空気をある形にしているようだ。

 それはまさしく声のアートだった。

 詩花が聞いたことも見たことも感じたこともない世界が、今、目の前にある。

「じゃ、ここまでで」

 臣の元に戻った声に引っ張られるように、詩花はいつの間にか閉じていた目を開けた。

 世界は静寂なままだった。

 もともと沈黙により生まれた静寂がそこにはあったはずなのだが、それとは何かが違う。

 まるで世界中の時を止め、詩花と臣だけが動いているようだ。

「詩花?」

 臣が先ほどとは別の放心状態の詩花の前で手を振る。

「あ……ごめん」

 詩花はいつもの調子を取り戻そうともがいたが、臣の声が頭から離れない。

「おまえ……何者?」

「へ? 何が?」

 おちゃらけた返事をするのは、もちろんいつもの竹中臣だが、詩花の中の彼に対する感情は、どうすればいいのか途方に暮れ、さまよっていた。


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