君がいるということ。


 話すと息が互いに降りかかる距離のため、詩花はわざとらしくならない限り、限界まで臣から遠ざかった。しかしあまり効果が無く、息はふれあい続ける。

「夢はいらないは普通の文章すぎるよ。そういう風にするんなら古典とかにすれば?」

「古典? 例えば?」

「夢いらず、とか」

「ず?」

「打ち消しの助動詞だよ。ないと同じ」

「夢いらず……」

 臣は両手を重ね、その上に顎を乗せて繰り返しつぶやいた。

 飴が練られていくごとに空気が入り白くなるように、臣が何度も繰り返すごとに、何か新鮮なものに完成していくようだった。

「詩花」

 繰り返していた言葉がいきなり自分の名前になり、詩花は驚き、素早く反応する。

「ん?」

「最高。夢いらずにしよう! でも俺的に、カタカナがいいな!」

 臣は顎をはなし、満面の笑みで、詩花の机の上にあった手を握る。

 本人は興奮ゆえのようだが、やられている詩花はひとたまりもないようで、さっと手を振り払い、視線を逸らした。

「なんで?」

 しかし臣はそんなこと気にしていないようだ。


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