藤井先輩と私。
「暑いですね~」
「……あぁ」
「大阪も同じぐらい暑いですか?」
「……あぁ」
……あれ?
さきほどまでの紳士スマイルはどこ吹く風。
笑顔の消えた表情のジェントルマンもなかなかかっこいいけれど、マンションに近づくにつれて、ジェントルマンのテンションも下がってきているような気がする。
「あっ、あそこですよ」
私は、他のマンションより数段高いマンションを指差した。
何階建てなんだろう。
先輩は30階に住んでたけれど、見た感じ50階はゆうに超えている気がする。
「…もう着いたのか…」
ジェントルマンは、深くため息を吐いた。
「あの…どうしたんですか。そんなため息」
「すこし…少しだけ憂鬱なんだ…」
マンションの目の前まで来ると、ジェントルマンはそこでぴたりと立ち止まった。
「入らないんですか?」
「入るよ!入るさ。あと…30秒後…いや1分後ぐらいに」
「私、もう行きますね。入り口はそこですから、もう迷わないでくださいよ?」
度を過ぎた方向音痴のジェントルマンにそう告げると、一礼してきた道を引き返し始めた。
「ちょっと!行かないでくれ」
腕を掴まれた。
振り返ると、泣きそうな目でこちらを見つめてくる。
なんだか、ウチのお父さんと似ている気がする。
「なんで入らないんですか?」
「………大阪から、意を決して会いに来たんだが、実際目の前にすると、決心が揺らいでしまって」
ジェントルマンは誰かに会いに来たのか。
「その人って?」
私がそう聞いた瞬間。
ジェントルマンの後ろ、マンションの玄関あたりから、知った声が聞こえてきた。
「陽依?」
その声は藤井先輩。
ジェントルマンと私は、藤井先輩がいるであろう後ろに向き直る。
「なんでここにいる…親父」