CL
『…先輩、今日配ってたの、義理チョコですか?』
『……残念ながら本命ないの』
『俺には義理もなかったですけど』
『…なに、チョコ欲しかったの?』
『いりません。義理なら』
……なにそれ。
そう尋ねようとして、けれど口は開かなかった。
唇にかかった彼の吐息が、私の声を抑え込んだのだ。
いつの間に、ここまで距離を縮めていたのかわからない。
すぐ傍で、彼の声が響く。
『…やっぱコーヒーいりません』
――先輩で口直しさせてもらいます。
それは瞬きよりも早かった。
彼は私の声どころか、酸素も、思考も、唇も、余すことなく奪っていった。
了承も、拒否も、何もできなかった。
目を閉じるということさえできなくて、もうずいぶん重なっているんじゃないかって思えた唇が、そっと離れた時だって、瞬きひとつできなかった。
瞬きひとつできずに、見上げた至近距離には黒崎の綺麗な顔。
その表情は、黒崎とは思えないくらい真剣で。
私の知らない彼がそこに居た。