CL
「……まだ残ってたんですか、先輩」
オフィスの入り口から聞こえてきた声に、私は思わず顔を上げた。
上げてから、しまった、と思った。
頬を涙が伝って行ったから。
まさかそこまで涙ぐんでるとは自分でも思わなくて、この距離じゃ見えないだろうって淡い願いを抱きながら、私はそっぽを向いた。
オフィスの入り口に立っていたのは、間違いなく、今の今まで私を苦しめていた張本人、黒崎だった。
「…な、なんであんたがここに居るの…」
私はそっぽを向いたまま、眠い目を擦るように誤魔化しながら、涙を拭く。化粧崩れなんてもうとっくに諦めてる。
この不細工な顔を見て、黒崎なんて私から離れていけばいいんだ。
靴音が私のすぐ傍へと近づいてくる。音からして、まだ革靴。ということは、まだスーツ。
「…さあ、なんででしょうね。当ててみてください」
「……忘れ物を取りに来た」
「はずれ」
「夜のオフィスの七不思議を作りに来た」
「小学生じゃあるまいし」
「……残業してる私を笑いに来た」
「おしい」
「……残業してる、私に、会いに、来た…」
「ご名答」
声はすぐ耳元で弾けた。