CL
「あのっ、西町の――」
「東町三丁目のARIAマンション」
スッと。
行き先を伝えようとした私の口を塞ぐように手が現れ、同時に言葉を遮って違う行き先を告げた、その人。
閉まりかけたドアの間から、するりとタクシーに乗り込んできたのは、言うまでもなく、黒崎だった。
私はもう呆気にとられ、ただ呆然と彼を見つめるだけ。
ドアが閉まったタクシーは、彼が伝えた方向へと車体を走らせ始めた。
「……く、黒崎く…」
ようやく言葉を発することのできた私の声は、自分でも笑えるほどに震えていた。
雨に濡れた髪の毛が、束になって張り付くその横顔は、とても綺麗だけれど、それよりも怖い。
だって黒崎は、完全に怒った顔をしていたから。
そして声もまた、然り。
「…逃げるのって、一番卑怯ですよね」
「…………っ」
「先輩は、そうやってすぐ、自分の気持ちから逃げようとする。だから後で苦しむんでしょう」
「…………っ」
「…で、そんな先輩を、俺が逃がすとでも思ったんですか?」
答えはNOだ。
黒崎は絶対に逃がしてくれない。
逃げる私を捕まえて、しっかりと立たせて、そしてきちんと向き合えるように支えてくれる。