電子恋事
「特技は何ですか?」
無いよ.
有ったら,とっくに話してる.
趣味とか特技とか,好きだよねー,大人って.
でも,そういえば,友人と東京学生野球は見に行ってたな・・・
ひらめいた.
いっちょ賭けをしてみよう.
「私は,小学校から大学まで,全て校歌をうたえます! 大学の校歌もうたえますよ.東京学生野球をよく神ノ宮スタジアムへ見に行ってましたからね.・・・いまから,歌っても宜しいでしょうか?」
なんと面接官数人が,驚きの表情を見せた.
ここで,小,中,高,大と4つ校歌をフルコーラスで歌えば,時間が稼げるかもしれない・・・
俺は,一発逆転を狙った.
小学校の校歌をうたった後は,中学校だ.
歌詞はうるおぼえだけど,堂々と歌えば,みんなしらないはずだ.
全て歌いきった.
すると,面接官のかたがたは,拍手をしていた.
中には,喜んでいる人もいた.
OB・・・大先輩なのでしょうかね.
あまり興味が無いから,それから先は,話をつなげなかった.
あとは,東京学生野球の話をしていた.
ちょっとやりすぎたかな・・・と思ったけど,まあ,こんなもんだろう.
気がつけば,一時間以上しゃべっていた.
数日後,俺はここ,丸富(まるふ)製作所の正社員として採用が決まった.
社章は,丸のなかに,ひらがなの「ふ」.
恥ずかしいね.
でも,そこそこの会社.安定はしている.
問題は,充実した自分の私生活.
これから.
入社してからが,大変なんだ・・・
入社式の季節となった.
俺は,集合時間を間違えて遅刻した.
世間の会社は,朝9時に始まるものだと思っていたら,8時半だったらしい.
俺は間違ったことをしたのだろうか・・・
「9時が始まりだと思ってました」
素直に,そう答えた.
社章をつけた偉い人たちは,だまってこっちを見ていた.
会社の沿革をしゃべっている.
実は,少しだけ予習をしておいた.
相手が質問をしたときは,それを答える.
その用意はある.
もともと俺は
ゆっくり考えた100%よりも
早めの80%
そして,いますぐの60%
の回答が,社会人には求められているのだろうと思っている.
学生時代も,やれレポートやら,論文だやら,作文だなどが確かにあった.
それらは,常に,100%を要求された.
でも,会社員は,時間と戦いを強いられるのだろう・・・
そう思っていた.
「聞いてるのかね?」
視線が刺さった.
同期の仲間の視線もいっせいに向けられた.
ココロのギアを入れる.
気持ちをこめて言い放ってみよう.
「はい・・・.自分は,今まで,何もわかっていないということが良くわかりました.それを思っていました」
その一言が,上手にこのピンチを救った.
いますぐの60%.
この回答で,この先,社会人生活を乗り越えていこう.