君しか愛せない
「ただいま……って、何かあったのか?」
玄関に入るなり、あからさまに不機嫌な表情をした凌に出くわした。
温厚な彼にしては珍しく乱暴にリビングのドアを閉め、ドスドスと音を立てながら2階への階段を上る途中だった。
への字の口。
吊り上がった眉。
眉間のシワ。
滅多に怒らない彼だけに、その様は俺を怖じ気付かせるには十分すぎた。
「何かあったのか?じゃないよ。小春が彼氏連れてくるって言ってたの、忘れたのか?」
「そういえば……」
並べてある靴を見ればいつもよりも1つ多い男物の革靴。
それに加えて凌の様子からしても、もしかしなくてもリビングに木下がいるであろう事は容易に想像できた。
「俺は2階にいるから」と、階段を豪快に踏みならしながら部屋へ向かう凌。
足が竦んで動けない。
俺は一体、どんな顔をして木下に会ったらいいんだ……?
しかし、心の準備もできないまま再びリビングの扉は開かれる事となった。
「もーッ、凌兄ってば!一樹君の前でそんな態度取るのやめてよねッ」
階段の下から既に部屋にこもっているであろう凌に怒鳴り付けているのはもちろん小春。
返事が無い事に溜め息を吐きながら振り返ったところで、漸く玄関に佇む俺の存在に気が付いたようだ。
「あ、葵兄お帰り。今ね、一樹君が来てて……」
言い掛けたところで木下も俺に気が付いたらしく小走りで駆け寄ってきた。
「黒澤先生、お邪魔してます。先生って双子だったんですね。あんまり似てるから俺、先生と間違えちゃって……気分悪くさせてしまったみたいです」
しゅん、と肩を落とす木下に原因はそこではないと教えてやりたい。
小春を愛して病まない俺達2人がどうして快く木下を迎えてやれよう。
だが、そんな事言える訳が無い。