君しか愛せない
ソファに寄りかかり、久しぶりに本でも読もうかと思ったが全く集中できない。
それもこれも俺たちの部屋の配置の所為だ。
3つ並んだ部屋は俺が真ん中で、両隣に小春と凌という配置になっている。
しかもたかが子供部屋の壁はそんなに厚くできてはおらず、普段でも電話をしているだけで隣の部屋の声は筒抜けだった。
つまり、小春と木下の会話がところどころ聞こえてきてしまう訳で、そんな状況で読書に集中なんてとてもできるとは思えない。
楽しそうな笑い声。
中途半端に耳に入る会話にこれ以上ないくらい想像力が掻き立てられる。
気にしないようにと思えば思う程、聴覚が驚く程敏感に働くのがわかった。
「―――――駄目だ・・・寝よう」
ろくに読んでもいない本にしおりを挟んで閉じ、無造作にテーブルの上へ放ると部屋の明かりを消し、ベッドに潜り込んだ。
シンと静まり返った部屋の中で、なるべく隣の部屋を気にしない様に。
案外、布団にくるまっていると眠気が襲って来るもので、俺はそのまま睡魔に身を任せる様に目を閉じたのだった。
「葵兄・・起きてる・・・?」
どれくらい時間が経ったのだろうか・・・。
俺は控えめにドアをノックする音で現実へと引き戻された。
「・・・小春・・・?」
暗がりに加えて寝起きでぼやける視界の中、部屋の入口に立つ小春の姿を見つけてゆっくりと体を起こす。
「どうしたんだ?こんな時間に・・・」
欠伸を噛み殺し、電気を付けようと腰を上げようとすると、そ俺を遮るかの様に小春はベッドに腰掛けている俺の膝の間にその小柄な体を滑り込ませてきた。
俺には背中を向けて座っていたし、暗くて表情までは解らない。
だが、目の前にある小さく丸まった背中に少しの罪悪感を感じずにはいられなかった。
「葵兄ね・・・凌兄もだけど、なんでそんなに和樹君に冷たいの・・・?あたしの彼氏なんだからもう少し仲良くしてくれたっていいのに・・・」
ぽつりとつぶやかれた台詞に胸が締め付けられる。
仲良くなんてできるかよ。
仕方ないだろ。
彼氏ができた事を喜んでやれないくらい、小春の事が好きなんだから・・・。
「ごめんな、小春・・・嫉妬なんだ・・・」
「え・・・?」
手持ち無沙汰だった腕を後ろから抱きしめるように小春腹のあたりで組む。
風呂上がりのシャンプーの香りがやけに甘くて、小春が俺の腕の中にいる事実を曖昧にさせた。
これは―――夢?
「な、に・・・それ。もー、どんだけあたしのこと好きなの?」
あはは、と茶化すように笑う小春の肩に頭を乗せると、すぐ横にある小春の顔が少し火照っているように感じるた。
少しは・・・俺の事を男として意識してくれているのだろうか。
でもこれは夢だから、目が覚めたらきっといつも通り、兄と妹なんだ。
ならせめて、今だけ・・・。
先程よりも抱きしめる腕に力をいれると小春の肩が小さく揺れた。
「好きだよ。大好きなんだ。小春を他の男になんて、やりたくねぇよ・・・」
「葵兄・・・?」
俺の腕の中から逃げてしまわないように少しだけ、腕に力を込める。
次第に薄れゆく意識の中で、小春の戸惑う声が聞こえた気がした。