君しか愛せない
「―――ッ、葵兄!シスコンもいい加減にしないと怒るよ・・・!」
心臓がドキドキと煩い。
首筋をくすぐる髪。
耳に掛かる吐息。
切なげに掠れた声。
抱きしめる腕の強さ。
そのどれもがあたしの知っているお兄ちゃんではなく、男の人の様に思えて戸惑う。
耐え切れなくなったあたしは、葵兄の腕から逃れようと文句を言ってみたけど返事がない。
「葵兄・・・?」
もう一度名前を読んでみても反応がなかった。
おかしいな、と思って振り返ろうと体を捩った時。
「え?わ、わ・・・!」
ぐらり、と葵兄の体が傾き、そのままお向けにベッドに倒れ込んでしまった。
「ね、寝てる・・・?」
微かに聞こえる規則正しい呼吸が、葵兄が完璧に夢の世界へ旅立ったのだということを確信させる。
「~~~もうッ、信じらんない!」
誰の所為でこんなにドキドキさせられたと思ってるの!?
それなのに肝心の本人は寝てるなんて!
腹いせに鼻をつまんでやると「フガッ」と、葵兄らしからぬ格好悪い音が聞こえて思わず吹き出してしまった。
寝ているのをいい事に久しぶりにその顔をまじまじと眺める。
男のくせに長い睫毛、スッと通った鼻筋。
無意識に形の良い唇を指でなぞってしまったあたしは、ハッとしてその手を引っ込めた。
「・・・なんでこんなに格好良いのよ。ホントにあたしと兄妹」
自分とは似ても似つかないクオリティの高い容姿に何度同じ疑問を持ったことか。
でも、そうは言っても幼い頃からずっと一緒にいるのだから兄妹に決まっているのだけど。
それにしても、さっきのは一体何だったのか・・・。
「寝言、だよね?」
それ以外に有り得ない。
だって、あの時の葵兄の言い方は想いを寄せている女性に言っているようにしか聞こえなかったから・・・。
「あーもー!そうに決まってるしッ。てか、それ以外ないから!寝よ寝よ!!」
勢い良くベッドから立ち上がり、葵兄に布団を掛けるとあたしは自分の部屋へと戻った。
葵兄のアレは寝言。
だから、あたしの心臓がドキドキ煩いのも気の所為。
そう言い聞かせながら眠りについたのだった。