君しか愛せない
「このヘタレが」
「皆まで言わんでもわかってるわ・・・!」
小走りに走り去る小春の後ろ姿を見送りながらガシガシと頭を掻き、その場に蹲る。
ちゃんと解っているのだ。
自分の気持ちすらちゃんと伝えられない自分に、小春の恋愛についてとやかく言う資格がないことくらい。
昔からどんくさくて、危なっかしくて、目が離せなかった小春。
小学校一年の時だったか。
俺と瑛子がイタズラをして担任に説教をされていて帰りが遅くなった為、一人で先に帰宅した筈の小春がまだ帰ってきていないとおばさんから連絡があった事があった。
慌てて近所を探し回ったら近くの公園の滑り台の上で泣きじゃくる小春の姿を見つけた。
滑り台の下には野良犬がいて小春に向かって吠え続けていて、状況はすぐに把握できた。
一年だし、当時は身長も小さかったし俺だって、自分と同じくらいの大きさの野良犬はもちろん怖かったがその辺に落ちている棒を拾って必死に立ち向かったっけ。
腕を噛まれてすごく痛くて、でも小春の前で泣くなんて格好悪いことしたくなくてやせ我慢をしながら。
『お前はホンマ、俺がおらんと駄目な奴やな!ほら、帰るぞ!』
しゃっくりをあげる小春を背中に乗せ家まで送っていく途中、小春が少し身を乗り出したかと思ったら頬にふわりと柔らかい感触を覚えた。
『・・・ありがと。壱夜、だいすき』
たぶん、その時の俺は恥ずかしいくらいに顔が赤かったんじゃないかと思う。
小春の事を好きだと意識したのもその時からかもしれない。
幼い頃だし、当時の小春からしたら対した意味はなかったんだろうけど、あの時から俺はお前一筋なんだよ。
「あーあー、このお馬鹿さんはあと何年片思いする気なのかしらねぇ」
物想いに耽っていた俺は瑛子の呆れた溜め息混じりの台詞で現実に引き戻される。
「う、うるさいッ。今年こそは・・・!」
「それ、毎年聞いてる」
「う・・・ッ」
友達歴が長すぎて今更好きだのなんだのなんて言えない。
長すぎた所為で今の関係が壊れるのが怖い。
もし振られたら?
もう口も聞いてもらえなくなるんじゃないか。
目も合わせてくれなくなるんじゃないか。
自分がヘタレだってわかってる。
「そんなヘタレな壱夜君に朗報です」
「なんや、朗報て」
人の机の上に足を組んで偉そうに座り、自慢の長いストレートの髪を揺らしながら瑛子が不敵に笑う。
「和樹君と同じ出身校の子に聞いたのよね。彼、相当女癖悪いらしいわよ」
「は・・・?」
突然、なんの話だ?と訝しげな表情をすると、眉間に皺をよせた瑛子が俺の額を指で弾いた。
「った!なにす・・・!?」
「ニブイわねぇ!アイツに泣かされた女が何人もいるって言ってんの!二股、三股は当たり前、一回ヤッたらポイとか、これだから顔がイイだけの男はやぁね」
「ちょ、おま、小春にそれ言ったんか!?」
「言ってないわよ」
友達だったらそんな男やめろとかなんとか普通言わないか?
小春がどうなってもいいというのか。
「二人で会うなんて、今日辺りやばいんじゃないのかしら?」
「じゃあ何で止めへんかったん!?」
「だ・か・ら!その役目をあんたにやらせてあげようってんじゃない!早く行きなさいよ。危ないとこ助けてあげて、ついでに告白でもして、めでたくハッピーエンドってシナリオよ。小春に何かあったらあたし、一生あんたのこと恨むからね」
だったら最初から自分から忠告してやればいいのに、と思うのはきっと俺だけではないはず。
「・・・鬼」
「あんたにとっては恋のキューピットでしょ」
早く行きなさいよ、と睨みつける瑛子に多少納得いかなかったが小春に何かあっては困る。
俺は小さな声で「サンキュ」と言って教室をあとにした。