君しか愛せない
待ち合わせ場所まで行くと、やはりというか先に和樹君の姿があった。
慌てて走ってきた所為で乱れた髪を手ぐしで整えながら近づくと、和樹君があたしに気がついて顔を上げた。
「ごめんッ、遅くなっちゃった」
頭を下げると、そんなの気にしてないよとでも言うように和樹君は頭を優しく撫でてくれて、なんだかその手の温もりが心地良くて無意識のうちに彼の胸におでこをくっつけていた。
それから2人で地べたに座って他愛のない話をしていたのだけど、ふと和樹君が何か言いたそうにこちらを見ていたから「何?」と首を傾げると、少し視線を外しながら口を開いた。
「あの・・・さ、小春ちゃんってお試しとは言え一応俺の彼女・・・だよね?」
ふと、瑛子の言葉が脳裏を過る。
このシチュエーションはもしかしてもしかしてしまうのか。
そりゃあ、あれだけ瑛子に言われてきたのだから多少の覚悟はしてきたけど、いざその場面になってみるとやはり緊張する。
ごくり、と唾を飲み込み和樹君の次の言葉を待つ。
「俺が告白してからもう一週間じゃん?」
もう・・・というか、あたしの中では“まだ”なのだけど。
なんとなく、和樹君の様子がいつもと違って見えて、少しだけ彼との間に距離を作ってしまう。
「そんなに怖がらないでよ。何想像してるの?・・・それとも、キスも駄目・・・かな?」
くすっと、笑った顔がいつもの和樹君で、よからぬ想像をしていた自分がなんだか恥ずかしくなって思わず両手で顔を覆った。
どうやら瑛子が変な事を言うから気にしすぎていただけみたい。
和樹君の台詞を聞いてあたしは安堵のため息を漏らした。
「小春ちゃん、こっちきて」
躊躇いがちに彼に近づくとおもむろに抱きしめられた。
「ひゃ・・・ッ」
「小春・・・」
まっすぐ見つめられて、恥ずかしくてきつく目を瞑ると唇に柔らかいものが押し当てられて、初めての感触に戸惑いながら硬直していると、更に唇を割って生暖かいものが口内へと侵入してくる。
「んッ・・・ちょ、待って・・・!」
突然の出来事に驚き、体を離そうとして和樹君の胸を押し返そうとしてもびくともしない。
必死で彼の胸を叩き、やっとその腕から開放されるとそこには不敵な笑みを浮かべる和樹君がいた。
「そんなに嫌がらなくてもいいだろ?キスくらいで。・・・ああ、もしかしてファーストキス・・・だった?」
馬鹿にされたように鼻で笑われて頭に血が昇るのがわかる。
何か言い返したいのに震える唇から言葉は出てこなくて、代わりに涙が零れ落ちた。
「ひどいよ・・・」
くすくすと笑う和樹君の声が耳につく。
あの優しい彼は嘘だったというの?
「そんなに怖がらなくたっていいよ。ちゃんと優しくするから」
「優しくって・・・何するつもり・・・?嫌、誰か・・・」
「こんな時間にこんな所、誰もこないって」
怖くて声が出ない。
足が動かない。
生暖かい舌が首筋を舐め上げる感触に吐き気がした。
片手できつく頭を抑え付け無理やり唇を奪われ、空いている方の手で器用にブラウスのボタンを外してゆく。
逃げようとして顕になった太ももを撫で上げられ、びくっと震えるあたしを見て唇を離すと和樹君は満足そうにその口端を歪めた。
このまま、誰も助けに来てくれなかったら?
大声で叫んだら誰か気がついてくれるかもしれないけれど、こんな所を見られてしまうのも嫌だ。
でも、何もしなかったら確実に彼の良いようにされてしまう。
一体どうしたらいいの・・・。
「葵兄・・・助けて・・・ッ」