君しか愛せない


瑛子に言われて体育館裏へ急ぐと案の定、小春が木下に襲われている真っ最中で、気がつくと俺は木下を殴り飛ばしていた。

「てめぇ!小春から離れろ!!」

俺の拳が頬を捉えた拍子に地面へ転がった木下は血の滴る口元を抑えて何か言いたそうに俺を睨んでいたが、自分の方が部が悪いとわかると、舌打ちをしながらもあっけなく逃げて行った。

「・・・大丈夫か?」

背中に庇った小春をそっと振り返ると、俺の腕にしがみついてガタガタと震えていた。
余程怖かったのだろう。
目には一杯の涙を溜めて、乱されたブラウスを胸のあたりできつく握りしめている。
そっと抱き寄せて背中を撫でてやるとしゃっくりを上げながら泣き出したので、俺は小春が落ち着くまで抱きしめていた。






「小春!大丈夫か!?」

息を切らせながら体育館裏に行くとそこには何故か壱夜がいて、あたりを見回してみるも木下の姿は見当たらなかった。

「兄ちゃん・・・なんで?」

俺がここに居ることを不思議に思った一夜は、小春に自分のブレザーを羽織らせながら戸惑った表情をしていた。

「あ、ああ・・・ちょうど校舎の2階にいたら・・・その、小春の姿が見えて・・・」

壱夜まで居合わせてしまうとは・・・この場の収集をどうつけようか迷っていると、沈黙を破るように壱夜が口を開いた。

「あ、お、俺、先に帰るわ!兄ちゃんの方がええやろし・・・あと、任せるわ!」

「あ、ああ・・・悪いな・・・小春、大丈夫か?とりあえず、うちに帰ろう」

そう促すと小春は力なく頷き、壱夜から体を離した。
しかしこんな非常事態だというのに俺の半身ときたら節操なしで困る。
露になった小春の白い肌に、理性保つのにも限界がある。

(俺って意外と辛抱強い・・・)

辿たどしい手つきでブラウスのボタンをとめ出した小春に背を向け、必死に意識を小春から逸らす。
小春にも聞こえてしまうんじゃないかと思うくらいに心臓の音が煩い。
いっそこのまま俺のモノにしてしまえたらいいのに・・・。
俺のそんな邪な考えを他所に、暫くして服を整え終わった小春がくんっと俺のワイシャツを引っ張った。

「葵兄ぃ・・・手、繋いでいい・・・?」

「ん、ほら」

俯きながら差し出された小さな手をそっと握り返し、帰り道を歩き出す。
今日だけ、家が遠くなればいいのに、と思った。



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