君しか愛せない


17HRの担任である大井繁(おおい しげる)という中年男性と共に教室へと向かう。
大井の数歩後ろをついて歩いていたのだが、“繁”なんて名前の割になんとも貧相な頭をしていて、教室に着くまでの間ずっと目が離せなかった。
僅かに残された産毛程度の髪が余計に寂しさを誘う。
もしも将来ハゲるような事があったら、潔く坊主にしようと人知れず心に誓った。

「みんな席についてください」

教室のドアを開けると同時に響く大井の声に新入生達は着席をする。
俺も僅かな風にそよぐ産毛から目が離せないまま、大井に続いて教室の戸をくぐった。

「えッ!?」

すると小さくだが驚いたような声が聞こえた。
声のした方を見るとやはり小春が驚いた顔をしてこちらを見ている。
口元に人差し指を当てて「静かに」と合図すると、大きな瞳を更に大きく開いて固まっていた。
驚かせてやろうと配属が決まってから今日まで黙っていたが、どうやらサプライズは成功のよう。

「えー、新入生の皆さん初めまして。私がこのクラスの担任の大井繁です。こちらは副担任の黒澤先生です」

「黒澤葵です。よろしく」

教室の入り口付近で軽く会釈をすると、室内が少しざわついた。
どこか可笑しいところでもあるのだろうか?
スーツはきちんとクリーニングしてあるし、ワイシャツだってアイロンがけまでしてある。
髪型は……ヘルメットをかぶってきた所為で多少へたれてあるかもしれないが、ここへ来る前に鏡で確認した限りではそんなに変でもないと思う。
まぁ、目つきが悪いと言われるなら仕方ないかもしれないが。
それにしてもチラチラと覗き見るような視線はどうも落ち着かない。
簡単な自己紹介を終え、教室の一番後ろへと移動し、配布された資料を眺めながら大井の話に耳を傾ける。
窓際でぽかぽかと暖かい陽を浴びながら、大井の話が右から左へと流れていくのを気にも止めず、ぼんやりと小春を眺めていると、大井の話を一生懸命聞きながらノートにメモをとっていた。
家に帰っても学校にいても小春を見ていられるなんて、考えただけで幸せな気分になれる。











「───連絡事項は以上です。各自お昼にしてください。黒澤先生、職員室に戻りますよ」

「あ、はい」

教卓の上で広げていた資料を揃えると、大井は俺を呼んだ。
慌てて椅子から立ち上がり、荷物を持って教室を出ようとした時。



「おにい……黒澤先生!」

「どうした?」

椅子が倒れるのではないかという程勢い良く立ち上がった小春が俺に駆け寄ってきた。

「それはこっちの台詞だよッ。なんで葵兄がこの学校にいるの!?」

小春は小声でありながらも混乱気味に問い掛けてくる。

「転勤になったって言ったろ」

「そうだけどッ」

何が何だかわからないとパニックになっている姿が可愛くて仕方ない。

「はいはい。家に帰ったら聞いてやるから。とりあえず飯を食え」

俺は小春の頭に軽く手を乗せると、そのまま教室を後にした。


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