KYOSUKE
ほんの出来心―――って言っちゃ河野さんに失礼、か。
でもどうしようもなく、誰かに近くに居てほしかった。
誰かの温もりを求めていた。
河野さんの唇は柔らかかった。
触れるだけの優しいキス。
キスなんて初めてじゃないのに、妙に照れくさくて、唇が離れると俺はわざと空咳をした。
「すんまへん」
俺が小さく謝ると、河野さんも顔を赤らめて再び俯いた。
「…こちらこそ」
そうしてまた沈黙が流れて、彼女のアパートに着くころには俺は精神的にかなり疲れていた。
以前から河野さんはアパートで独り暮らしだと聞いていた。
俺が住んでた古いアパートとは違って、白い壁にオレンジ色の屋根が乗ったいかにも女の子や新婚さん向けのアパートだ。
「ほな。また」
俺はハンドルを握ると、バイクに跨った。
河野さんは切なげに眉を寄せると、俺のカットソーの裾を握ってきた。
「ま、待って。あの……送ってくれたお礼に…お茶……でも…」
暗がりでも分かる。
河野さんの白い顔が真っ赤だった。
その顔が…表情が―――またもお嬢の顔に重なる。
龍崎会長を前にして、嬉しいけど緊張してるときの―――あの顔。
俺は酷い男だ。
優しくなんてない。
俺はこの一瞬に河野さんを―――お嬢に……
重ねた。