KYOSUKE
マサさんは俺に背中を向けて靴を脱いでいる最中だった。
その背中が一瞬凍ったように、固まった。
そろりと首だけをよじり俺を見据えてくる。いや、睨んでるって言った方が正しいのか…
普段は…いや、普段から怖い顔だなこの人は。だけどそれに一層拍車をかけて迫力ある睨みを利かすと
「何でお前が雪斗さんの名前を知ってるんだ」
と低い声で言った。
「お嬢から聞いたんですよ。って言うか寝言かな…。それを聞いたとき、お嬢は機嫌を急に悪くしちゃって、部屋にこもっちゃったんです」
俺は何でもないようにさらりと言った。そしてそうなるまでのいきさつを軽い流れで喋り聞かせた。
どうやらこの家で“ユキト”なる人物の話はタブーらしい。
これ以上突っ込んでは聞けそうにない。
そう思ったのに、俺の口は意思と反対に
「誰ですか?ユキトって」ともう一度聞いていた。
マサさんは表情を険しくしたまま、廊下に上がると
「その名前は忘れろ。お前には関係ねぇ」と吐き捨てた。
マサさんは何か知ってる。お嬢のあの行動の理由を知っている―――
「忘れるのは簡単ですよ。だけど理由を知らずに俺はお嬢に拒絶されたんだ。
忘れる、忘れないを判断するのは俺です。あなたじゃない。
確かに俺は関係ないかもしれないけど、このままうやむやにしていたら、俺はまたうっかり彼女を傷つけるかもしれない」
そう―――俺は間違いなくお嬢を傷つけていたんだ。
お嬢が俺を見上げる目は―――
“恐怖”に揺らいでいた。