KYOSUKE
「昔は龍崎会長と、その弟の雪斗さん、そしてお嬢はこの家に住んでたんだ」
長いため息のような煙を吐いて、マサさんは窓の外を見た。
「兄弟仲が良くてよ。そんなお二人にお嬢も懐かれてた」今思えばあの頃が一番幸せだったに違いねぇ。お嬢にとっても、会長にとっても…
マサさんはどこか過去を懐かしむように頬を緩めた。
それが本当に美しい思い出であるかのように、その顔は穏やかだった。
だけどすぐに表情を引き締めると、ビールをぐいと飲む。
「だけど異変はあの頃から始まってたんだ」
「異変……?」
俺の眉がぴくりと動いた。
「ある晩……まぁ偶然だったけど、俺見ちまってよぉ。
雪斗さんがお嬢の部屋に入っていく姿を―――」
そこまで言ってマサさんは言葉を飲み込んだ。
俺は目を開いた。開いた目が乾いて痛い程に。
ごくりと生唾を飲み込んで、俺はマサさんの次の言葉を待った。
マサさんは逡巡しているように視線をいったりきたりさせてたけど、ごっつい両手で顔を覆った。
「最初は気に止めなかったんだ。お嬢に何か用があるんじゃないか。って、それから一ヶ月ぐらい経って、また偶然にもその場を目撃したら……
さすがにちょっとおかしいと思った……」
マサさんの覆った顔から洩れる声はくぐもっていて、抑揚をかいていた。
そして俺の中の思考も―――一瞬凍った。
お嬢は今までに彼氏が居なかったと…言っていた。