はぐれ雲。
彼が道場を飛び出した理由がわかったのは、家に帰ってからだ。
母から事情を聞いた博子は、冷蔵庫から出したばかりの麦茶の入ったポットを落としてしまった。
重くて鈍い音と同時に、足の裏に痺れるほど冷たい感触が広がった。
「ほんとに…?」
新明亮二のお父さんの葬儀に、道場に通う子どもたちも参列した。
蝉の声が耳に痛いくらいだったが、亮二と彼のお母さん、お兄さんの周りだけが不思議なくらい、しん、としていた。
博子は遠くから亮二を見た。
泣いていない。
ただ膝に置いた手を握り締め、ゆっくりと瞬きしながら遺影を真っ直ぐに見つめていた。
涙をこらえているようにも見えなかった。
まるで第三者のような、冷めた顔。
その日がとても、とても暑い日だったのを覚えている。
それなのに、彼の横顔はいつもより、ずっとずっと冷たかった。
信じられないことに、お葬式の翌日から亮二は道場に来た。
いつもと変わらぬ様子で。
周りから哀れみの目が彼に注がれても、全く気にすることなく亮二は以前の亮二、そのままだった。
博子にとってそんな彼が衝撃的でもあり、そしてどことなく痛々しかった。
<ねぇ、新明くん。ちゃんと泣いた?今泣かないで、いつ泣くの?おばあちゃんが言ってたよ、泣くから悲しい事が少しマシになるんだって…泣かなきゃ、だめだよ…>
竹刀をチェックする彼の後ろ姿に、博子はそっと胸のうちで呟いた。