はぐれ雲。
「そうよ」と博子は重い口を開いた。

「だから無理なの」と。


本当は「会いたい」と心が叫んでいた。

「ごめんなさい」

心と正反対のとこを言うのが、どれだけ辛いか…今さらながら身をもって知る。

亮二はため息をつくと、窓の外へと目をやった。

よく手入れされた植木が目隠しとなって、外からの視線を遮ってくれる上に、優しい緑色の光が店いっぱいに広がる。

「謝ることなんてない。おまえにはおまえの立場もある」

静かにそう言うと、彼は飲みかけのコーヒーをそのままに立ち上がった。


博子は思わず彼を目で追う。
そして、胸が締め付けられるように軋む。

<もう、これきりなの?>

「…新明くん」
呼び止めるつまりはなかったのに、口からポロリと彼の名前がこぼれた。
 

「待ってる」

歩みを止めて亮二が言った。

「え?」

「それでもここで待ってる。おまえが来るまで、俺は待つ」

そう言うとメモを再び博子の目の前に置いた。

彼の綺麗にに切りそろえられた爪が目に飛び込んでくる。


<…待たないで。お願いだから、待たないで>

でもその言葉は口から出ることはなかった。


「ここに代金、置いておきます」

亮二がマスターにそう言うと、カランカランとドアベルが拍子抜けした音を鳴らす。

シリアスな雰囲気をぶち壊すような、トンチンカンな音。






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