はぐれ雲。
金曜日が来た。

達也を仕事に送り出した後、朝食の後片付けを始めるが、テーブルを拭いているとつい椅子に置いてあるバッグに目が行く。

今朝から何回目だろう。
亮二に渡されたメモはまだそのバッグの中にある。

<いけない、いけない>

博子は頭を軽く叩いた。

あれからこの日が来るのが怖かった。

会いたい。

でも会ってはいけない。

そんな葛藤に果たして耐えられるのか、心配だった。

博子は気を紛らわすかのように、洗濯、掃除、達也のカッターシャツのアイロン、花の水やりを終わらせた。

ピンポーン


玄関のチャイムが鳴った。
「2階の遠藤です。回覧板ですよ」

下の階の住人だった。博子はこの遠藤真弓が苦手だ。年は40歳手前といったくらいだろう。

彼女は常に官舎の住人の噂話をしている。

博子にも、何号室の奥さんは旦那を尻に敷いているだとか、あの部屋からは常に夫婦喧嘩の声がするだとか、そんな話ばかりする。

自分もよそでは何を言われているかわからない。

博子は適当に距離を置きたかったが、下の階に住んでいるとなると、そうもいかなかった。

真弓が話し出すと一時間は帰らない。

予想通り玄関口に居座ったまま、自分の夫の愚痴と他の部屋の奥さんの悪口を散々言って、帰っていった。

しかも回覧板を持ってきたくせに、渡すのを忘れていたくらいだ。

解放された博子が時計を見ると、昼の12時を過ぎていた。

<疲れた…>

ため息をついて回覧板をテーブルに置くと、またしてもバッグが目に入る。

博子はもう一度さらに大きなため息をつき、ソファーに横たわった。

リモコンでテレビをつけてみるが、どのチャンネルも面白くない。

昼食も一人だと面倒だ。

ついつい簡単なものですませてしまう。

今日の博子は食べる気にすらならなかった。


『待ってる』

亮二の声が聞こえる。


『おまえが来るまで待つ』

博子は固く目を閉じた。

<お願い、待たないで…>



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