はぐれ雲。
窓から入ってくるひんやりとした風に、博子は目を覚ました。

いつのまにか眠ってしまっていたらしい。

付けっぱなしのテレビを切ると、キッチンでコーヒーを淹れた。

今夜、達也は何時に帰ってくるのだろう。

博子は彼に早く帰ってきて欲しかった。
一人でいると、亮二に会いに行ってしまいそうだ。

熱い濃いめのコーヒーに火傷をしないように、口をすぼめたところで、携帯が鳴った。

ドキリとして、液晶画面を見る。

『夕飯不要。張り込み』とだけ書かれた、なんとも素っ気ない達也からのメール。

手が小さく震えた。
目を閉じ呼吸を整えると、『わかりました。がんばってね』そう返信した。

しかし、博子はある気持ちが湧き上がってくることに愕然とした。

<私、期待していた。達也さんが今夜帰らないことを、どこかで期待していた。こんなメールが来て、ホッとしてる自分がいる…>

自然に手があのバッグへ伸びた。

恐る恐る中を探る指が、小刻みに震えている。

カサッと指先に紙の感触があった。

『中央駅広場 18時』

紙にはそう書かれてあった。
奇しくも達也と先日約束したのと同じ場所、時間。

博子は、そっと亮二の書いた字を指先でなぞった。

「…新明くん」

その小さな紙切れが、皮肉にも彼から初めてもらった手紙。

彼がいなくなってから、毎日待っていた手紙。

決して届くことのなかった彼からの手紙が、今ここに。


あの時ならば飛び跳ねて喜んだであろうに、今はただただ辛いだけ。


博子は一息つくと、そのメモを握りつぶした。

自分のそんな気持ちも一緒に握りつぶした。


ゴミ箱の中で「手紙」は「紙くず」となる。




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