はぐれ雲。
どれくらいそうしていただろう。
とうとう博子は亮二を見つけることはできなかった。

もうとっくに約束の時間は過ぎている。
きっと帰ったに違いない。

博子は複雑な気持ちで改札へと歩き出した。

これでいいんだ、そんなホッとした気持ちもあった。

しかし、もし約束の時間に来ていたら、彼に会えたかもしれない、そんな後悔の気持ちもあったことは確かだ。

きっと彼からの連絡も、もうないだろう。

<それがいい。それでよかったのよ。元気そうな姿を見ることができて、よかったじゃない。充分よ>

博子は力が抜けたよう、ゆっくりと改札へ向かった。


その一歩一歩で、亮二への思いを断ち切るかのように。

一歩進めば、初めて話した河原での光景が浮かぶ。

もう一歩進めば、土手を一緒に帰った時のことを思い出す。

足を踏み出すたびに、「あの頃」が蘇る。

そんな彼女を、早足の通行人は迷惑そうに見た。


「あ!すみません」

中年男性が追い抜きざまに、博子のハンドバッグをひっかけてしまった。

彼女の手を離れ、バッグは幾何学模様が描かれたタイルの上をくるくる回転しながら、滑っていく。

誰も拾おうとはしてくれない。

みんな行くべき場所があって、急いでいるのだ。

博子は慌ててバッグに近寄り、手を伸ばしたところでためらった。

バッグの口から、皺だらけの折りたたまれた小さな紙が飛び出していたから。

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