はぐれ雲。
待っていた。彼は待っていたのだ。

「来いよ!」

亮二はそのつかんだ手を引っ張ると、そのまま引きずるように改札から離れた。

「あの、私…」

「黙ってろ!」

彼は手をつかんだまま、歩き続ける。

「離して、新明くん」

その手首が痛い。

それなのに亮二はかまわず歩いていく。

「離してよ」

弱々しく博子は言った。


人通りの少ないところでやっとその手を緩めると、彼は怒ったような顔で振り返った。

博子は熱くなった手首をさすりながら、ぽつりとつぶやく。

「…来るつもりはなかったの」

彼をまともに見る勇気はなかった。

そして、同時に結局彼に会いに来てしまった自分の弱さが恥ずかしくなった。

「でも、来たじゃねぇか」

<そう、来てしまった。もう一度会いたくて>

何も言えずにうつむく博子に亮二は言った。

「ったく、何時だと思ってんだよ。おまえ、ガキの時から俺を待たせやがって」

<ああ、よくそう言われてた気がする。いつも校門の前で、彼は待っていてくれた>

亮二は大きなため息をつくと、意外にも穏やかにこう言った。

「…来てくれてよかった」と。

「え?」

この人がそんなことを言うなんて、と博子は驚きで彼の顔を見る。

「もう来ないかもって、半分あきらめてた」

足元を見ながら、彼はそう続ける。

自信のない子どものような仕草をしながら。

「新明くん」
それを見て、再び博子の心が震える。

「しけた顔してんじゃねえよ。ブス」

亮二が白い歯を見せた。

「…ひどいわね、相変わらず」

何年たっても、本当に口が悪い。

博子は自分でも、きっとさえないひどい顔をしているのだろうな、と思うだけにだんだんとおかしくなった。

「ブスでごめんなさいね」と彼女も笑う。


今、目の前にはあの時と同じ、澄んだ目の亮二がいた。

<ずっと見たかったのよ、この顔。忘れたことなんてない。少しムスッとした顔。でもそこからこぼれる笑顔は何よりも素敵で、私だけのものだった>
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