はぐれ雲。
「来いよ」
亮二は、口許を緩めたまま先に歩き出した。

<達也さん、今日だけ…今日だけ許して…>

「うん」

彼の後をついていく。

あの頃ずっとそうしていたように。

彼の後姿が、変わっていないことに博子は気付いた。



駅前通りに二人は出た。

ここは百貨店やおしゃれな店が建ち並ぶ、いわゆるメインストリートだ。

「新明くん、どこに行くの?」

<まさか、彼の事務所?>
そんな不安が胸をよぎった。

彼は何も答えず、どんどん進む。

通りの中程まで来ると、彼は突然立ち止まった。

「どうしたの」

博子の不安よそに、亮二は閉店後の後片付けをしている高級そうなブティックのショーウィンドウをコツコツと突然叩いた。

「ちょっと、新明くん」

店内の女性店員が不審そうにこちらをうかがう。

しかし亮二の顔を見た途端、満面の笑みを浮かべて彼女は外へ出てきた。

「これは新明さま、いつもありがとうございます」

店長だろうか、センスのいい服を着こなした30代半ばのその女性は、丁寧に頭を下げた。

「こんな時間に申し訳ないんだが、彼女に合う服と靴をそろえてもらえないか」

亮二はそう切り出した。

すると、その店員は嫌な顔を微塵もせず、
「喜んで。さっ、こちらへどうぞ」と亮二と博子を招き入れた。

「いえ、私は結構ですから」
突然の事に、博子は後ずさりする。

「そう言わずに。さぁ、どうぞお入りください」

彼女は不安になった。

こんな高級なブティックには入ったこともない。

しかもおしゃれなんて、結婚してから遠ざかっていた。

何よりも怖いと感じるのは、売り場面積の割に置いてある服の数が圧倒的に少ないこと。

どれほど高級な服を売っているのか、想像もできなかった。
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