はぐれ雲。

最後の一着を着て鏡の前に立った時、店長が「うん!」と自信ありげに頷いた。

「これがやはり一番お似合いだと思います」

そう言って、うつむいていた博子に鏡を見るように促した。

とまどいながら彼女が視線を上げると、シルクのベージュのワンピースを着た自分が目に飛び込んできた。

「お客様は、ほっそりとされていらっしゃいますので、こういった体のラインがきれいに出るものがよろしいかと。それにお肌がとても白くていらっしゃるので、このようなベージュがとてもお似合いです」

まるで別人が立っているような錯覚に陥る。

店長が、髪を整えてくれた。

顎のラインでそろえた黒髪がいっそう色白な顔をひきたてる。

黒目がちな瞳も、いつも以上にくっきりと映った。

何年ぶりだろう…
博子は久しぶりにおしゃれをする心地よさに酔いしれた。

あの息苦しい人間関係の官舎を抜け出して、少し自由になった気がした。


「お待たせいたしました、新明さま」

店長の声に、足元に視線を落としていた亮二が顔を上げた。

そこに見違えるほど変身した博子が立つ。

彼に見られていると思うと、博子は少しはにかんだまま下を向いてしまった。

少女のようにドキドキしていた。

<私ったら、いい歳して。何やってるんだろう>


彼は一瞬目を細めると、何も言わず立ち上がった。

「先ほどまでのお召し物はいかがいたしましょう」

店長がさっきまで着ていた博子の服を紙袋に入れてくれていた。

「処分しといてくれ」

亮二はそう言うと、さっさと店を出る。

「え!ちょっと処分って…」

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