はぐれ雲。
その紙袋を受け取るのも忘れて、慌てて亮二を追う。

「新明くん!」

背後で店長の「ありがとうございました」という声が聞こえた。

「新明くん!」
相変わらず歩くのが早い。

新しい靴は革がまだなじまず硬くて、その上ヒールが高くて走りづらい。

博子は何の迷いもなくその靴を脱ぎ、手に持って亮二を追った。
石畳の小さな破片が足の裏に食い込む。

服を突然着替えさせられ、おまけに着ていた服を処分させ、次はどこに行くのかさえも言わない。

<なんて強引なの>

博子はやっと亮二に追いつくと、彼の前に回り込んだ。

「…待って!」

ハイヒールを手に持ち息をきらせた博子を見ると、亮二は眉をひそめた。

「何やってんだ。黙ってついて来い」

そう言って、また歩き始める。

「嫌よ」

彼女もまた亮二の前に回りこむ。

「俺についてくるのが、怖いのか」

馬鹿にしたように亮二が尋ねる。

「そうよ、怖いわ」
博子も負けじと答える。

「それに何も言わずにあなたについて回るほど私、素直じゃないのよ」

途端につりあがっていた眉が下がり、ふっと亮二が笑った。

その笑顔に博子はとまどう。

「な、何よ」

「気が強いとこは変わってねぇな」

「そんなこと…」
そんなことどうでもいいでしょ、そう言おうとして博子は達也に「気が強い」、そういわれたこと記憶がないことに気付いた。

確かにこうやって言い返すのは、目の前にいる彼にだけ。

ずっと忘れていた「自分」が今垣間見えて、とまどう。

「この先の店を予約してた。なのにおまえが遅刻する上に、ジーンズとスニーカーで来やがった。余計なことで時間くっちまった。急いで悪いか」

亮二が博子の言葉を遮ってそう言った。

<ああ、そう…>

博子は一瞬納得してしまったが、すぐに我に返る。

「でもお店って…」

「いいから、早く来い」

慌てて靴を履く。

彼はこういう場面では待ってくれない。

そういう性格だったな、と博子は思い出す。




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