はぐれ雲。
「新明さま、お待ちしておりました」

「遅れてすまない。今からでも大丈夫か」

亮二は一軒の洒落た店に入った。

白い壁で赤い屋根の、まるで田舎にひっそりと建つ民家のような外装だった。
外には、青や紫のパンジーの植えられたプランターが整然と並んでいる。

「はい、もちろんでございます」

チーフと書かれたプレートをつけた男が頭を下げる。

亮二のお得意様ぶりに、博子はまたしても戸惑った。

先ほどのブティックといい、ここのレストランといい…みんなが亮二を特別扱いしている。


落ち着かない様子で席に案内された博子は、メニュー表に書かれていた店の名前を見て驚いた。

「ねぇ!ここ、すっごく有名なフレンチのお店じゃない。予約とるのに、一ヶ月待ちだって真梨子が…」

そこまで言って、たくさんの視線が自分に集まっていることに気付いた。

辺りを見回すと、他の客が博子を見て笑っている。

ついつい興奮して大声を出していたようだ。

亮二は素知らぬ顔であのチーフに手を上げる。

「適当に料理を出してくれ」

「かしこまりました」

彼女はキョトンとしたまま、亮二と同じようにメニュー表を返す。

「なんだよ」

無意識のうちに彼の顔をマジマジと見ていたようだ。

「あ、あの…すごいなっと思って」

他に言葉が見つからなかった。

「あの服じゃ、こんなとこ来れねぇだろ」

「そうね、確かにね。あ、この服のお金返すから」

「いらねぇよ」

「でもそんなわけには…」

「いらねぇっつってんだろ。やるって言ってんだからもらっとけよ。昔もそうだったけど、かわいくねぇ女だな」

「なにそれ、失礼ね」

言葉とは裏腹に、正直嬉しかった。

亮二もちゃんと一緒に過ごした時を覚えてくれている、そう思えたから。

「こんな気が強くてかわいくねぇ奴が、よく結婚できたな」

「自慢じゃないけど私モテモテで、相手を選ぶのに苦労したのよ」

「うそつけ」

「本当なんだから」

「旦那が気の毒だ」
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