はぐれ雲。

テーブルの真中に置かれたアンティークのランプの火が微かに揺らめいた。

その光が優しくて温かくて、心が落ち着く。

ほんの数時間前まで、手がつけられないほど心が乱れていたとは思えない。

今こうやって、亮二を前に座っていることが夢のようだ。

ランプの光が、目の前の彼の瞳に映っている。

端正な顔立ちはそのままに、寂しさと憂いが時々表情に垣間見られる。


<あなたに、何があったの?圭条会に入ったのはなぜ?>

幾度となく繰り返してきた質問。

15年前、彼の抱える苦悩に気付きもせず、どれだけ後悔したことか。

<今からでは遅すぎる?私にできることはもう何もない?>

答えはわかっているはずなのに、やはりそう問い掛けてしまう。



ちょうどその時、料理が次々と運ばれてきた。

真っ白いプレートに、色とりどりの野菜が花開くように並べられている。

「おいしそう!私ね、お腹すいてたの」

博子は嬉しそうに笑うと、目の前の彼もふっと口をほころばせた。


こうやって亮二と話をしていると、ここ数日のモヤモヤが晴れていくようだった。

自分が警察官の妻だということも、

亮二が暴力団幹部だということも、

忘れられた。

そして彼は何度も笑ってくれた。

その度に、博子は胸が締め付けられる。

彼の笑顔をしっかりと覚えておきたかったから。

今日で会うのは最後にしようと決めていたから。


しかし博子は気付かなかった。

彼のその笑顔とその仕草が、全て計算されたものだということに…

< 117 / 432 >

この作品をシェア

pagetop