はぐれ雲。
テーブルの真中に置かれたアンティークのランプの火が微かに揺らめいた。
その光が優しくて温かくて、心が落ち着く。
ほんの数時間前まで、手がつけられないほど心が乱れていたとは思えない。
今こうやって、亮二を前に座っていることが夢のようだ。
ランプの光が、目の前の彼の瞳に映っている。
端正な顔立ちはそのままに、寂しさと憂いが時々表情に垣間見られる。
<あなたに、何があったの?圭条会に入ったのはなぜ?>
幾度となく繰り返してきた質問。
15年前、彼の抱える苦悩に気付きもせず、どれだけ後悔したことか。
<今からでは遅すぎる?私にできることはもう何もない?>
答えはわかっているはずなのに、やはりそう問い掛けてしまう。
ちょうどその時、料理が次々と運ばれてきた。
真っ白いプレートに、色とりどりの野菜が花開くように並べられている。
「おいしそう!私ね、お腹すいてたの」
博子は嬉しそうに笑うと、目の前の彼もふっと口をほころばせた。
こうやって亮二と話をしていると、ここ数日のモヤモヤが晴れていくようだった。
自分が警察官の妻だということも、
亮二が暴力団幹部だということも、
忘れられた。
そして彼は何度も笑ってくれた。
その度に、博子は胸が締め付けられる。
彼の笑顔をしっかりと覚えておきたかったから。
今日で会うのは最後にしようと決めていたから。
しかし博子は気付かなかった。
彼のその笑顔とその仕草が、全て計算されたものだということに…