はぐれ雲。
「家まで送ろう」

亮二は店を出ると、車のキーを取り出した。

「いいの。まだ終電あるし。ここでいいわ」

店の前で博子はそう言った。

「楽しかった。ありがとう。いっぱいごちそうになっちゃって」

「ああ、よく食ったな」

「いいじゃない。すっごくおいしかったもの」

二人の目が合うも、すぐにお互いの顔からその笑みが引き潮のように消えていく。

「あの…じゃあ私これで」

「ああ」

「おやすみなさい」

彼女は駅に向かって歩き出した。

振り返らない、そう決めて唇をキュッと結ぶ。

<もうこれで最後。さよなら、新明くん>


「博子」

亮二の声が背後から聞こえる。

<振り向いちゃだめ>

けれど…


「またな」

その亮二の言葉に、博子は思わず振り返ってしまった。

<また?また会えるの?私たち、また会ってもいいの?>

亮二がポケットに手を突っ込んだまま、こちらを見ている。

<そんなこと、できるわけないじゃない。
私、まだあなたのこと忘れてなかった。
そんな気持ちで会えない。
もう会わずにはいられなくなるのが、怖いのよ、私…>

切なくて切なくてどうにかなりそうだった。

「だめよ、もう。さよなら…」

その声がかすれた。

彼にまできっと届いていないだろう。

博子は小走りで駅に向かった。

人通りの少なくなった通りに、ヒールの音が響きわたる。

早くこの場を立ち去りたかった。

もう一度振り返ったら、間違いなく亮二の胸に飛び込んでしまいそうだったから。


彼は彼女が見えなくなるまで、その場に立っていた。


「亮二さん、お疲れ様でした」

背後から若い男が二人現れた。

「浩介、車をまわせ」

亮二はキーを金髪頭の男に向かって投げた。

男はそれを受け取ると、駐車場に走っていく。

残ったもう一人の若い男が、博子が去った方に目をやりながら訊ねた。

「うまくいきそうですか」

「さあ…な」

彼はそう言うと煙草に火をつけた。




< 118 / 432 >

この作品をシェア

pagetop