はぐれ雲。
<やっぱり嫌なやつ>

ちょっとかっこいいかもって思った自分が本当にバカだと思い、博子が踵を返した時だった。

「葉山、だっけ?」
と、また面倒くさそうな声がした。

腹が立っていた博子は無視をして歩き出す。

「あの雲の名前知ってるか?」

突然の問いに、驚いて博子は振り返った。

<雲?なんで今、雲の話?>

亮二の視線の先に、他と離れてぽつんと流れていく小さな雲がひとつ。

「えっと…ひ…羊雲?」

「は?バカか、おまえ。とりあえず、知ってる雲の名前言えばいいって思っただろ」

亮二は鼻で笑うと博子を見た。

瞬間に胸がドキッと一度波打つ。

彼の指摘にではなく、その笑顔に。

「はぐれ雲っつうんだよ」

「はぐれ…」

博子には、まるで彼が自分のことを言ってるような気がした。

誰とも群れずに、いつもひとりぼっち。

「なんだよ」

「え、あ…別に。新明くん、一応笑うんだと思って。いつも、その…ムスッしてるというか、怒ってるというか…」

「なんだよ、その一応って」

そう言ってもう一度微かに笑うと、黒いランドセルを片方の肩だけにかけて亮二は立ち上がった。

土手に向かって歩き出すと、「待ってよ」博子も後を追う。

急な斜面を上りきると、彼はゆっくりと歩き出した。

その後ろを、博子も合わせて歩く。

「ついてくんなよ」

「私の家もこっちなの」

「ったく…今日の練習遅れんなよ」

「わかってるって」

博子はさっきの亮二の笑った顔を思い出した。

<やっぱり、ちょっとかっこいいかも>
なんて思ったりした。


それから時々、亮二が河原のベンチで寝そべっているのを見かけると、その度に博子は土手を下りていく。

もう一度、あの笑顔が見たくて。

真梨子がひやかしたが、全く気にならなかった。

はじめのうちはうっとうしそうにしていた亮二も、次第に博子を見ると起き上がり、二人がけのベンチの片側を空けてくれるようになった。


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