はぐれ雲。
あれからもう数ヶ月がたった。

何事もなかったかのように、毎日が過ぎてゆく。


「今日は早く帰るよ」と、達也は言って今朝仕事にでかけた。

久々に一緒に食事ができる。

博子は簡単な昼食を済ませ、買い物に出た。

<今夜は達也さんの好きな豚の角煮を作ろう。そうだ、味噌汁の具は、サツマイモがいい>

官舎前の長い急な坂も、今日は苦にならない。


夕方には、一通り食事の準備を終えることができた。
あとは達也が帰ってくるのを待つだけ。

帰った来た彼がすぐにお風呂に入れるように、準備も整える。

何気なく博子は窓から空を見た。


『はぐれ雲っつうんだよ』

窓から入ってくる風に、胸を締め付けるような懐かしい声を聞いた気がした。


けれど、慌てて博子はそれを打ち消し、そしてすぐに夫を想う。

<早く帰ってこないかな…>と。


辺りがすっかり闇に包まれたころ、携帯電話が鳴った。

達也だった。

「うん、わかった。いいのよ。また連絡して。うん、じゃあね」

『じゃあ』とプツリと繋がっていた声が一方的に切れる。

忙しいのだろう。
その合間を縫って連絡してきてくれたのは、よくわかる。


持っていた携帯電話を見つめると同時に、ため息がでた。

<いつものことじゃない>

自分に言い聞かせ、博子は用意した料理にラップをかけた。

彼の好物の豚の角煮が、冷えて脂が白く浮いている。

味噌汁の中のサツマイモだって、柔らかくて甘くて…
でも、ビールのおつまみは少し辛く味付けして…

涙が溢れる前に、彼女はダイニングの明かりを消した。

<いつものことじゃない>と繰り返しながら。



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