はぐれ雲。
足を止めると、ちょうど博子と真梨子が講義室から出てくるところだった。
「あ、加瀬先輩、こんにちはぁ。またいらしたんですか?しつこく勧誘しないって言ったのに。ねー?博子?」
「真梨子。そんな言い方、失礼よ」
彼女は隣にいた親友をたしなめると、達也に向かって軽く会釈をして「こんにちは」と言った。
真梨子はすでに正式な剣道部員である。
「葉山さん、こうやって押しかけるのは今日で最後にするよ。いい返事をもらえなかったら、きっぱりあきらめる。でも、最後に一度だけ道場に見学に来てくれないかな?」
「見学?」
目をパチクリさせる姿が、なんとも言えず彼をドキドキさせる。
「うん、そう」
達也は胸の高鳴りを隠すように、笑顔で続けた。
「練習を見て、もし入部したいって思ってくれたら嬉しいんだけどな」
「それいい、博子。そうしなよ。また剣道やりたくなるかもしれないし」
助け舟をだした真梨子の声が、意外にも落ち着いていた。
「どうかな?」
そう訊いてから悩む博子を見て、畳み掛けるような言い方をしてしまったな、と彼は少し後悔した。
「博子?」
「ん…じゃあ…」
目を伏せていた博子は、ゆっくりと達也へ視線を移した。
「見るだけ」
その返事に、達也は満面の笑みを浮かべた。
「うん、ありがとう」
その笑顔につられて博子も小首をかしげて笑う。
それが達也には嬉しかった。
<俺を見て、笑ってくれた>と。