はぐれ雲。
「達也ぁ、おまえさ、俺に内緒で他に彼女いるんじゃねえ?あーんなかわいい子ちゃんフリやがって」
真っ赤な顔のアキラが、ビールを片手に愚痴りはじめた。
「また始まったぞ、アキラの妄想」
「ちゃかすなよ。でもそうだろ?ちゃんとした彼女がいなきゃ、何回も告られて断るバカいないぜ。ああ~うらやましい。俺が落ち込んだときに添い寝してくれる子、いないかなぁ」
達也たちはすでに4年生になっていた。
あれから博子は剣道部にマネージャーとして入部し、その仕事ぶりは完璧だった。
練習の準備、試合の記録、ビデオ撮影、時間の管理や、救急箱の管理にいたるまで、彼女なしではもう剣道部は成り立たないくらいになっていた。
そして彼女は誰に対しても平等に優しく、試合前の緊張をいつも和らげてくれる。
試合に勝っても負けても、あの笑顔で「お疲れさまでした」と背中につけたたすきを取り、スポーツドリンクを手渡してくれた。
男女を問わず、欠かせない部員の「癒し」だった。
しかし、達也は彼女をそれ以上に思っていた。
出会ってから2年。
達也と博子は、ただの先輩と後輩の関係のまま何の進展もない。
それも当然だった。
達也は彼女に対して、何のアクションも起こせなかったのだ。
あの瞳の奥に、
その笑顔の向こうに、誰かいる。
彼女はその人に恋をしている…
そう感じたことが何度もあったからだ。