はぐれ雲。
「…ええ」

彼女の固く閉じた瞳から、涙が静かに流れる。

「本当にそうかな?」

ため息混じりに達也は言うと、ゆっくり首を横に振った。

「愛してるって、ただそう思ってただけじゃないのか」

「…なんて事を言うの!」

「そう自分に言い聞かせてただけじゃないのか。加瀬達也を愛しなさい、愛してるって」

それだけ言うと、彼は玄関に向かった。

「待って!」

慌てて博子も彼を追う。


「君は、重要な参考人だ。一緒にいるわけにはいかない。しばらく、俺はビジネスホテルに泊まるから。
近々、警察から君に連絡があると思う。
ちゃんと…ちゃんと本当のことを話すんだ、いいね。警察官の妻だということを忘れないでほしい」

そう言い残して、達也は鈍く軋む扉を開けた。

「待って、達也さん!」

「…博子、もし俺たちの間に子どもがいたら、こんなことにならなかったのかな」

彼女の顔を見ることなく、彼は大きな音を立てて重いドアを閉めた。

言ってはいけない言葉だとわかっていた。

彼女をとてつもなく傷付ける言葉だとわかっていた。

でも、どうしようもなかった。

どうしようもないくらいに心が乱れていた。


彼は一気に階段を駆け降りる。

新明亮二に嫉妬していた。

自分は正義のために今までやってきた。


なのに、博子はあいつらにも正義があると言った。

悔しくてどうにかなりそうだ。

醜くてドロドロした感情が渦巻くのが嫌と言うほどわかった。

一体何を「正義」といい、「悪」というのだろう。

嫉妬の炎に巻かれて、それすらもわからない…


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